大阪高等裁判所 昭和48年(ネ)2032号 判決 1974年11月14日
控訴人 辻本薫
右訴訟代理人弁護士 大塚俊勝
被控訴人 神戸市
右代表者市長 宮崎辰雄
右訴訟代理人弁護士 安藤真一
奥村孝
石丸鉄太郎
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、控訴人
原判決を取り消す。
被控訴人は控訴人に対し金二、八〇〇万円ならびに内金二、五三〇万円に対する昭和四五年五月三一日から、内金二七〇万円に対する本判決言渡の日の翌日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二、被控訴人
主文同旨の判決
≪以下事実省略≫
理由
当裁判所も、被控訴人が控訴人に対し本件事故につき損害賠償の責を負うものではないと解するのであって、その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由のとおりであるから、これを引用する。
清掃に関する業務が市町村の固有の事務であり(地方自治法二条)、かつ、清掃法により、特別清掃地域内における汚物の収集、処分が市町村の義務とされていることは、控訴人主張のとおりである。しかし、市町村は、特別清掃地域内における当該市町村による汚物の収集および処分が困難であり、かつ、環境衛生上の支障が生ずるおそれがないと認められるときは、私人に対し、汚物の収集または処分を業として行なうことにつき許可を与えて、これをさせることができるということも、法一五条、一五条の二の規定するところである。ところで、このような汚物取扱業者に対する許可の制度は、清掃業務の終局的責任を負う市町村が、法六条に基づき自ら清掃計画を樹立しこれに基づいて業務を実施するにあたり、この計画に適合しない業者の存在によって業務の円滑な遂行を阻害されることのないようにするため、汚物取扱業を一般的に禁止し、計画との調整を考慮しつつ、市町村自身による清掃業務の実施が困難であると認められるときにのみ、自由な裁量をもって特定の業者にかぎり右禁止を解除し、営業をなさしめることとするものであると解される。他方、法六条は、市町村が汚物の収集、処分を市町村以外の者に委託する場合があることを認めているが、このような委託による収集、処分は、あくまで市町村がその実施の主体となり、自己の計画の範囲内において行なうものであり、受託者に対しては法一五条の定めるような許可の手続を要せず、また、委託につき一五条二のような要件を必要としないものと解されるのであって(清掃法施行令二条の二参照)、このような委託と許可とはひとしく清掃法に規定されていても、明らかに区別されている。したがって、委託を受けた者の行なう汚物の収集、処分は市町村のなすべき行為を代行するものにすぎないのに反し、許可業者の行なう収集、処分は、独立の営業者としての地位において、もっぱら業者自身の行為としてなされるものとみることができる。また、法七条、八条によれば、市町村は、業務上その他の事由により多量の汚物を生ずる者ならびに清掃作業・施設に支障を来たすべき特殊の汚物を生ずる工場、事業場等の経営者に対しては、自ら汚物を運搬または処分すべき旨を命ずることができるとされているが、このような場合は、他面、法一五条の二にいう市町村による汚物の収集、処分が困難な場合にあたることが少なくないものと解され、したがって、許可を受けた業者は、このような汚物を生じた者との契約によってその収集、処分を行なうことになるものと思われる。そして、≪証拠省略≫によれば、被控訴人の汚物取扱業に対する許可の基準においては、業者の処理の対象とすべき汚物を、会社、商店街等で日量五キログラム以上のものまたはそれ以下であっても毎日もしくは早朝、深夜に収集しなければならない個所のものに限ることとし、一般家庭における収集を行なわないものとしていること、したがって、神戸市における汚物取扱業者の業務の内容は、主として、多量の汚物を生じ自らこれを運搬、処分すべき者との間の個別的な契約により、その処理を請け負うことにあることが認められ、このような処理は、もとより、以上のような法の趣旨に反しないものと解される。
許可を受けた汚物取扱業者の行なう汚物の収集、運搬、処分の基準が、市町村自身の行なう処理の基準と同一に定められていること(清掃法施行令四条、二条)、および、被控訴人が、汚物取扱業の許可を与えることのできる業者の能力、資格等について厳格な基準を設け、許可申請に際しては、とくに、申請者の行なうべき収集の区域、収集、運搬、処分の方法等を相当程度具体的に明らかにするように要求し、許可を与えた業者に対しては、営業ないし清掃作業の実施について種々の遵守事項を定め、これに違反したときは許可を取り消すことができるものとしていること(≪証拠省略≫)も、以上の解釈の支障にはならない。
したがって、許可を得た業者の行なう汚物の収集、運搬、処分は、被控訴人の事業の代行ないしはその延長としてなされるものではなく、被控訴人の公務の執行には属さないものと解すべきであって、本件においても、業者の被用者である訴外崔哲夫の惹起した本件事故は、公務員がその職務を行なうにつき控訴人に損害を加えた場合にあたるものとは認められないというべきである。
次に自賠法に基づく本訴請求について考えると、このような許可業者の行なう汚物の収集、運搬、処分は、究極において被控訴人の清掃に関する計画の遂行、行政目的の実現に寄与するものであり、その意味において、業者が汚物の収集、運搬のためにする自動車の運行は、間接的には被控訴人の利益に帰することとなるとしても、前記のとおり、業者が自己の所有する自動車を用い、自己の営業として、自己の採算において汚物の収集、運搬にあたるものである以上、被控訴人が業者の自動車の運行に対して支配を及ぼすものと認める余地はなく、運行供用者としての責任を負うものではないというべきである。
さらに、民法七一五条に基づく請求についても、右のとおり、業者の行なう事業は自己の営業であって、その被用者の行為が当然に被控訴人のための事業の執行にあたるものとはいえない。なお、前記のとおり、業者に対する許可には一定の遵守事項が定められており、≪証拠省略≫によれば、右遵守事項中には、清掃事務所長その他の職員の「指示」に従うべき旨の文言も散見されるけれども、その全体の趣旨においては、被控訴人の職員が業者の行なう作業を逐一指示、監視するものではないことが明らかであって、被控訴人が業者の被用者に対して指揮監督を及ぼす関係にあるものとみることはできず、業者の被用者を被控訴人自身の被用者と同視することはできない。
なお、≪証拠省略≫によれば、本件事故後、当時の神戸市清掃局次長松浦一郎ら被控訴人の職員が同清掃局長名義による見舞の品を持って控訴人方を訪れたことが認められるが、この一事により、被控訴人が損害賠償責任を認めたものと見るに足りない。
以上のとおり、国家賠償法一条、自動車損害賠償保障法三条、民法七一五条を根拠とする控訴人の主張はいずれも理由がない。
よって、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 沢井種雄 裁判官 野田宏 中田耕三)